
ブログを始めてずるずると時間が経つ前に、そもそもなぜブログを始めたのかについて記録しておく。
一言でいえば、否定的なことを書くためだ。
もう一言加えると、Twitterで否定的なことを書くのが躊躇われるようになったため、ブログに逃げ道を求めたということだ。
そしてこれは断っておかなければならないが、僕は何も否定的なことを言いたくてたまらない人間ではない。
むしろ信ぴょう性をもって褒めたいのだ。
否定的なことが必要な理由
僕の言う否定的なことと言うのは、悪口や誹謗中傷ではない。
何かを褒めるとき、いつも手放しで大絶賛していては何の信ぴょう性もない人間になってしまう。
そうならないように、他と比較したり、時には断りを入れたりした上で褒めたいと思う。
そして、その方が読み手にとってもどの点をどの程度評価しているのか伝わりやすいはずだ。
こういう否定的なことは、言われた本人が読むと気分が悪いという点では誹謗中傷と同じだが、発信することを自粛するほどのことでもないと思っている。
Twitterが息苦しくなった
僕がTwitterを始めたのは2010年だった。
それから10年の間に時代は変化し、今ではSNSの誹謗中傷が大問題になっている。
そもそも2ちゃんねるに誹謗中傷を書き込んでいた人たちに罪がないとも思わないが、一方で便所の落書きで済まされる風潮が強かったのも事実だ。
Twitterも、当時は各々気ままにつぶやいていたと思う。
それが、Twitter人口が増え、有名人のアカウントが増え、毎日誰かが炎上しているような時代になった。
文字通り誹謗中傷が人の命を奪ってしまうことにまで発展した。
それと同時に、当然誹謗中傷をやめようという風潮が広がった。
当たり前のことで、重要なことだと思う。
ただ、誹謗中傷以外のものも含めて、そもそも否定的なことをわざわざ全世界に発信しなくていいんじゃないかという風潮も同時に広がった。
それには僕は同意できなかったが、時代の移り変わりとして受け入れて、Twitterで発信することは慎むことにした。
この10年で僕のアカウントも多くのアカウントと同様に、匿名でありながら自分のもう一つのネット上の人格を築いていたため、その時代の常識に外れたようなことをして、そういうアカウントと思われるのが怖かったからだ。
そうして、自分では誹謗中傷ではない否定的なことは別に排除しなくていいのではないかと思いながらも排除せざるを得ない空気に息苦しさを感じるようになった。
全ては程度問題
なぜ僕が誹謗中傷ではない否定的なことは発信しても良いと思うのか?
それは程度問題としか言いようがない。
先に書いたように、それも否定的なことを書かれた本人が読めば気分が悪い点では誹謗中傷と同じだが、一方で誹謗中傷と違い評価に信ぴょう性を持たせること、読み手に伝わりやすくすることといった利点もある。
僕はその利点の方を重視したまでだ。
一方で、Twitterで見られるような誹謗中傷ではない否定的なことも発信すべきでないと考えている人たちは、本人が見たときのデメリットの方が強いと思っている。それだけの違いだ。
では、なぜTwitterでは否定的なことを自粛するのか?
これも程度問題だ。
僕はTwitterではエゴサーチによって本人の目に触れやすく、その場合はデメリットの方が大きいと考えた。
ブログなら本人が見る可能性は減るから問題は少ないだろうということだ。
ほとんどのことは、本当に正しい選択肢が一つあるのではなく、極論同士の間のどのあたりに線を引くべきだと思う人が最も多いかということで決まっている。(それが常識と呼ばれる)
例えば、人の命を奪うのはいけないことだというのはほとんどの人が賛同すると思うが、それでも全員ではない。
だが、この場合は差が歴然としているので「人の命を奪うのはいけない」方が常識として受け入れられていると思う。
では、サルの命を奪うのはどうか。
牛や豚、魚はどうか。
ハエはどうか。
植物はどうか。
ジャイナ教徒であればどんな生き物も傷つけないよう注意を払うだろうが、一般的には、人によってどのあたりに線を引いているのかはそれぞれ異なるだろう。
むしろ、線を引く場所を決めていない人がほとんどかもしれない。
両極だけを否定して、その間のグレーゾーンを幅広くとっているかもしれない。
まとめ
ブログを始めた理由をまとめると、
Twitterでの否定的なことを言えない風潮
→ 信ぴょう性をもって褒められなくなった
→ 本人の気分を害さないように、本人の目に触れないように発信する方法としてブログを選んだ
したがって、このブログの目的は、僕のTwitter運用の目的と同じであくまで「自分のための記録」であり、多くの人に見てもらいたいとは思っていない。
本人に伝わらないように、なるべくなら見ないでほしい。
僕もずっとこの考えのままとは思っていない。いつか考えが変わり、このブログの運用も変わるだろう。
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